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プロセスの途中

とりあえず 懸命に雑談してます。

チャンス

いつでも 機会がある。

機会を好運にかえるか 出来事程度におさめるか それとも 見逃すか

 

王貞治がこんなことをいうらしい。

 

ここぞという 一球を見逃すな   (検索したがすぐでてこない)

 

毎日 数万という選択を人はしているらしい。

無意識だから気づかないが 細かい選択含めるとそうなるらしい。

機会は 誰にでもある。意識して振っていけ ということか

 

選択の機会は無いように見えてある。

 

極論 すべてをか殴り捨ててここから出て行き どこかに行くという選択も常にある。

旅にでたり 失踪したり その他もろもろ 生き続けるなど

そういう機会が見えないだけ

 

その機会を 振っていけ だとさ 見逃すな だとさ

 

何も しないのも選択

そういう選択の上に今の自分がある。

ただ ある。そういうことを考えはじめたのは去年あたり よいもわるいもなくて 

ただある。

その時 自分がはじめて自由であることを知った。

 

自由になりたくて いろいろなものから逃げ 振り切り どこまでも逃げても 

自分からは逃げ切れなかった。

逃げる必要などなかった。

自分は自分 ただそれだけ と知るだけでよかった。自分の思い込みに囚われ長い間理解できなかった。

 

話を戻す 機会はある。

自分のこうでなきゃという思い込みが 機会を見えなくしている。

その機会というか選択を少しずつしていけば ある程度 どこまでもいける。

年だから 遅すぎるから 自分の能力では とか 他人からみたらどうでもいい基準で 選択できず 振ることができずにいる。

 

しかし ここぞというボールを見逃してはいけない。というように

今日のこの時間の自分だけへの ボール は  機会は 二度とやってこない らしい。

 

 

 

 

 

 

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