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プロセスの途中

とりあえず 懸命に雑談してます。

キャリアとか 黒い歴史とか

個人がジョークレベルで語る経験談は楽しい。

ぶろぐにもけっこーあるし いろんな世界があるなあと思う。

おそらく一生 リアルで会う事もないだろうし必要性もない 対岸だから楽しい。

 

仕事人としてSNSを使う人を

追っかけるときがある。リアルと絡めることを意識する対象として だ。

 

関係業界の中に この人いいなあ 興味深いなあ と思い眺める人がたまにいる。

でも 中に 少し ナルシスト気味とか 上から小ばか目線とかが見え隠れしてくると

一緒には仕事できないなあ と思う。ついたーでたまにそれを感じる。

たぶん その他大勢もそういう人は かんべんって思うはず。

しかし 長年に身についた 世間をわかったぶりな口調はなかなかなおらない。

特に話し方は致命的

 

仕事人もよくやっている 気軽な3行程の投稿は その人の本質が浮き彫りにされる。あれは 気おつけないとまずいな と感じる。

(ブログを書く人は校正しているようだから それを感じることはまずない。どこか文章中で その言葉を補って 打ち消していたりするし 行間がその機能をおぎなったりんもする。)

 

 

一言おおい人 余計なことをいう人は 地雷になることが予想できる。

オープンにすべき部分とそうでない部分がどこにもある。

ぶすに対してブス きもいに対して きもいはつかわないように 

一言がすべてを破壊するから。

 

 自分にとり有利不利な情報 発言をコントロールできない人は

何でもさらけ出す だから 怖くて仲間にはできない。

昔や今の 仲間を売るような SNS投稿も予測できるからだ。

(自分が注目される為に 仲間がしてほしくない公開をする行為)

 

話は逸れるが

ほんとのあたしを見てすっぴんは 見たくないものだ。

すっぴん競争では君いいかもしれないけど みたくはない。

だからなに的? 公開すればいいってもんじゃない 正直だから何?

 

 

仕事人間によくありがちな語りで 実績や 失敗談を自慢げに書くケースもある。

 

黒歴史は誰にでもあるらしい。自慢したくなるキャリアの一つや二つ 中には誰でも驚く伝説もあるらしい。 なのに そういう人は 僕だけが 的な語りくち 

 

でも それって終わったことでしょ。

それと今と関係ないことを いわれても 自分をアピール以外になにがあるの?

再現性のない 歴史を語られても 今同じことできるのかなあ と思う。

経歴書的なことをいう人はすきじゃない。

ああーそうなんですか すごいですね と 質問して 興味深く聞いてあげるけど

それは相手の自尊心を満たすためだけ  だからどーでもいいよ。

今とかんけーある話をしてくれ どこが関係あるのかいつも思う。

 

ほんとにすごい人はそれが多すぎて語りきれないし語ろうともしないと思う。

こっちがすごいと思うことは 相手にとり ありきたりの出来事だったりする。

 

だからといって その人が嫌いとか そういうことがだめとは思わない。

それはそれで意図があるのだから

それはそれ 自分はそういうことを感じながら見ているだけの話。

僕だけかもしれない。

 

ただこうやって もしかしたらって対象を探している人が 稀にいて そう感じていることを書いてみた。

 

このブログは 仕事と一切かかわらせるつもりがないので いいたい放題書いています。書くべきでないことも多いかもしれないが 誰か特定の人物を傷つけようとしているわけでもないのでお許し

 

時代は変わってしまった。

そしてまた3年経てば オリンピック前と後というくくりになり それが加速する。

 

 

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