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プロセスの途中

とりあえず 懸命に雑談してます。

jamais vu deja vu

jamais vu deja vu という言葉ご存知でしょうか。

 

 

    所詮 言葉ごとき ですが 言葉とはツール  思考を組み立てる道具です。

言葉のルールが思考に影響を与えるという事実は そういう理由でもあります。

いい言葉を知っている 言葉の意味を把握しているというは 人生でとても役に立つときがあります。

 

少し前 なんとなく という言葉が連発して これはまずいと思い、一度このブログそのものを編集しなおしたのもそういった流れです。

なんとなく の 流れを 断ち切りたかった。

 

 

今後 もしも 記憶が失われていくとしても 

       この言葉は最後のほーまで覚えていたい 

それが これ 言葉というよりも 世界観そのもの

 

 

 

deja vu 

日本では デジャブー で 多くの人が知っている。

 

wikiではこれを既視感(きしかん)といい、、実際は一度も体験したことがないのに、すでにどこかで体験したことのように感じる事 と書かれている。

夢などでよく使われる。 予知夢等

 

 

jamais vu 

ジャメブー 日本でこれを知る人間はあまりいない。一般人はほぼいないといっていいくらい。説明しても なじみが無いから この言葉の世界観を理解してもらえない。

 

同じくwikiでは 既視感と逆に、見慣れたはずのものが未知のものに感じられることを「未視感」というと書かれている。

 

いわれてみれば気づくと思うが、このような浮遊感的な体験は多くの人がしていると思います。

 

ひと言でいえば なんか違う どこか違う    かな

 

 

大事なのは 前者よりも後者 jamais vu 

deja vuも大事だが これには 使い方がある。多くの人が知るそれではない。

  望む世界観を構築するににとても便利)

 

見慣れた景色は安心感があるが、実際には 見慣れた景色というものは無く そんなことはありえない。どこか違う。もしあるとすれば それは ケースにかざった車とか

デジタル写真とか そういうたぐいだ。

 

季節は移り変わり 物事は流転していく。

この世のすべて 創生と崩壊の繰り返し

星のかけらである 砂粒にいたるまで 

 

それは よく見つめていかなければ見えてこない。

さっと感じる いつもと同じ ということは 脳の怠慢

 

それをあえて 未視感的になるまで見つめていくと いろいろなものが見えてきます。

 見えなければ見えるまで見つめる。

 

 

あなたにとっては平凡でありきたりの風景でも そういう作業をすれば 毎日がとても新鮮になり、 仕事や人間関係含めとても 新鮮で楽しいものになります。

平凡でありきたり 毎日同じことの繰り返しという 話は  そういう現実を見たいあなたの視点そのもので 現実ではないのですよ。

 

 

あなたが みているものは 常に 自分の記憶や思考の補正がかかった錯覚なのです。

それを  jamais vu は ひと言で表現しているともいえます。

 

 

 

 

それでもねえ と 多くの人は思うと思います。

同じ電車に乗って 同じ時間にここにいて・・・とか

それがいつもと同じなんだけど   なにか違う 

その何かを 1つでも2つでも 見つけてみてください。

そうやって1つ1つ重ねていく作業の繰り返しだと思うのです。

 

 

 

 

jamais vuはそれまでの世界観をぶち壊すための破壊のきっかけとなり

deja vu は 世界観を構築するのに使えます。

 

 

貴方と僕とは違う 住んでいる場所 環境 経験 その他もろもろ 全て違う。

 

 

それでも こうやって 一つの言葉で ある世界観を共有できるって すばらしいことだと思いませんか。

 

 

 

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