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プロセスの途中

とりあえず 懸命に雑談してます。

視線

「24時間営業、もう限界だよ」便利さの裏にコンビニオーナーの悲鳴 (BuzzFeed Japan) - Yahoo!ニュース

 

>土地があっても、自分でオーナーになるより、貸した方がよっぽど楽なんじゃないかな。もし、今また始めるなら、場所を貸すだけにするな」

 

この人のことはあまりわからないが

自分なら 自分でオーナーになって消耗するような選択はしない。

儲かる欲をだせば 自分で働いて 経営したほうが可能性がありいいと思うが、

 

貸せば 自分の時間は消耗せず お金は 自動的に 入ってくる。

やるのは 家賃管理とわずかな現地の確認作業だけ

自分は いかに儲かっても 仮に 年間で1億儲かるとしても 朝昼晩自分の時間をそっくり交換するより 貸して 時間を縛られない選択をする。

ばたばたするだけだと ただ時間だけが過ぎると思うから

 

だからといって 無理に家主になればいい とは思わないが

もし  土地があり コンビニをやるか 貸して 誰かがやるのかという選択があるのであれば 薄い収入でも 家主となり 家賃もらいたいな という話

 

儲かってもばたばたしていたら 時間をただお金にかえているだけで 自分の人生を生きていることにはならないと思うから

 

食えなくなる仕事  のニュースを見て

最近 よほど食いつきがいいのか 10年後食えなくなる仕事シリーズが 結構多い。

食えなくなる という 危機をあおる記事は 食いつきがいい。

未来のことだから責任をもたなくていいし いいことづくめ。

 

それで具体的なページがあったので それをみて 書いてみる。

10年後に47パーセントの仕事がなくなる。(ページをよく読んでいくと 勧誘だったので リンクはあえてはりません。)引用はこの1,2,3だけど 特別な内容でもないので断りもいらないか こぴぺじゃないし 引用はこの3行だけだから 

1、供給過剰 

  これは 以前からそうだったが 更にまして行くだろな

2、技術革新 WEBがより簡単に誰でもできるようになったように・・・

  日増しに感じていることだれもがね。

3、消費者の行動の変化

  そっぽむかれる よくあった話 そのサイクルが短くなっていくだけ

 

供給過剰に対して 別のデザイン別の価値を導入すればすむことなので

これは別に驚きではない。

三番の消費の変化もこれまでよくあったこと

 

問題は技術革新で 人々の仕事が機械にとってかわられていくことにより

やりたがらないような めんどーな仕事(機械ではできない複雑だったり 力仕事もああわさったり等 また 介護など)しか残らない。

 

一番打撃を受ける業種は

マッチングサービスがキーワードとなる仕事 

 

 

情報の非対称 で ぬくぬくとやってこれた業界が全部パーになり 消える。

ありえないマッチングが可能となり

簡単なマッチングについては みな 非対称がなくなり 差益がとれなくなる。

 

ただし、こみゅ障のような人は世の中に多く 他人とうまくかかわれない人は

けっこういるので すぐには変化しないけど

そういうこみゅ障気味の人も 楽に コミュニケーションできるアプリの開発

もされていくと思うんだよね。そうすると すきまがなくなり ずれもなくなり 

 

例えば  ACZ と表現されているものをそのまま買い続けている人がある日 ACZは  ZCZでも おんなじで代用できる OEMとかそういうのが 検索しなくても自動検索みたいので すぐわかるよな  もちろんそれに対してさらにまた別の対抗策がねられえるわけで 

心配することはないけれども 用意は必要

時間のショートカット

5秒10秒あれば けっこういろいろなことができる世の中になってしまった。

時間の価値は高まっている。

 

用件が終わるとそそくさと立ち去ろうとする人は結構多い。

それが時間の節約になるのは事実だが いつもせかせか用件すめば じゃあ という関係は いざとなれば 用件がなければ きみの好きにしたらいいんじゃない? という関係でしかない。

ただの 顔見知りでそれ以上でもそれ以下でもない。用事があれば相手するだけ 感情は ほぼない。

そんなの人間関係とはいえないと思う。

 

 

ここぞと思う人間は より深く話しこみ関係を保つべきではないか と最近思うようになった。

というのも 自分の力では限界がある 一番の力は 持ち時間だけど

それがひとりでは がんばっても一日24時間ないわけだから どれだけ 他人が動いてくれるか これが自分の持ち時間で 時間を長くできるというか いろいろなことができるひとつの方法だと最近になり 深く思う。

 

どれだけ 他人の時間を使えるか その為の根拠としてお金の存在はあり、そういう観点で考えると お金はすっごく大事だと思える。

 

だからといって そのお金を得るために 他人に損害を与えたり迷惑かけるのは本末転倒なわけで うまく説明しきれないがそんなことをよく思う。

 

 

表現

年齢と ともに 言葉数は増えていく 過去に学習した文脈 脈絡が 記憶に定着し いろいろな表現ができるようになっていく。

 

20代のころあれほど 思うけれども言葉にできなかったのに その問題はいつの間にか 解消されていく。

 

口がうまい下手ではなく だれでも 記憶 学習が重なることにより いろいろな表現方法ができるようになる。外国語学習したことがある人ならわかると思うが 日本語でも実は同じ事が若いときにはおきている。表現の仕方の蓄積が少なすぎて うまくはなせない。

 

かといってね  それができるようになったからといって ことこまかに  できるだけ特定して書くのは 相手を へきへきさせる。

理解するのめんどくさいんだけどって

 

 

いろいろな歌手が 加齢とともに なんか野暮ったくなるのもそのあたりではないかと思う。

 

 

あまりに状況説明が特定されたり量が多すぎると 共感できない。

 

 

 

だから  人と 何か 意思疎通をしよう思えば 特に表現者は シンプルに より 簡潔に  書きたいことを まとめるほうが よいのではないかと 

最近おもったりする。

 

そうでないと 伝わる前に 扉を閉められてしまう。

 

 

 

 

※わかりにくいんだけど と思われる記事が多いかもしれないが これでも意識して 難解な言葉や 長々しい文脈わかりづらい話は書かないように心がけているという感じ。

 

 

 

このような事に気づくきっかけがあった。

ツイッター 等 140文字めいっぱい書き気味で投稿していった時

 長文うざい この人気難しいーといわれたこと 陰口でね

それで 今の流れはこーなんだ というか おれも他人の文章は そー思うかもと 気づいたという・・・・

 

 

 

安く

他人とやりとりしていて こっちが売る場合だけど

安くほしいんですけど とか

安ければ 

とにかく安く

できるだけ安く

のようにいう相手は 

地獄にいけ 

と 思う。

 

思うものは仕方がない。

ついそうフレーズが浮かぶ。

使い方にもよるが初対面の人にいわれたら 他あたったら? ととりあえず 思う。

それに逆に安く売らないように考える。

なぜならそういう人は 金が高いか安いかだけで 人間関係その他はまったくみていないから 安く買えばあとはしらね なにか取引に不具合があれば 鬼のように態度をかえるから

 

高くてもいいからほしいなんて奇特人は 普通の品物ではいない。

ネットで比較すればそれなりの金額だせば 大手サイトで安心安全に手に入るから。

 

安くというのは あえて当たり前の心理を強調する くどい しかない。

 

その中で いくらでもいいよ という相手は かなり手ごわい。

いくらでもよくないのに あえてこのフレーズを使っている場合もあるし

これで駆け引きされていることもあるし

本当にいくらでもよい場合もあるし

こちらの出方 態度を ここで見定めようという心理もあるかもしれない。

 

こういう場合は いくらでもいいが いくらあたりのことを考えていっているか 察しないといけないし とんでもない数字をいえば 関係がそこでおわる。

 

言葉は 日本語的にその意味をなさないこともあるから

文脈というやつ

 

そういう駆け引きは面白いと以前は思ったが 最近 損得がからむ汚さがみえるようでめんどくさい。 数字は ひとつの指標にしかすぎないから 

 

 

(前後の脈絡があり 言葉とは意味をもつので それをうまくきりとって こういったよね というやつは 自分は苦手だが あげあしとりね。)

(数字は大事だが 取引をすることに意味がある場合もあるし こちらがあまり利益がなくても相手はその分利益をだしているゼロサムの場合 はたして こちらの利益が少ないことがよくないとはいいきれない。その分数重ねたらいいだけだから)

 

年齢を重ねると 指標がいくつもできる。

評価基準はいろいろな基準がある。

この面からみたら話にならなんが ほかからみたら OKとか ぜんぜんおいしーとかありえる場合 やるとか  

 

時間

レシートを見たら 9月17日だった

時が過ぎるのは    振り返って観察すると早いしかない。

 

当時 目の前の時間とこれからの時間を考えると長かったのに 振り返ると一瞬だ。

主観により時間体感は伸び縮みする。

 

2050年までのカレンダーがあった。

そこには 自分の目標をくさびでうちこめ と書かれていたが 

一覧でみると 人生が短くかんじられるので 好きではない。

 

20歳であっても 40 50回程度 春を迎えると老人になる。

その程度の回数しか と思うと 儚い(はかない)。

 

 

主観で 当時は ありあまる時間と思えたのに。

 

 

 

 

 

時間を有効に使う為に、

 

人の輪の中に入り できるだけ他人に協力してもらい 他人の力を使う事

 

一からつくりあげるようなばかな行為はできるだけさけ

 既存のできあがったものを 最大限 利用するように心がけること。

 基本 コピーして活用 そして 応用して自分のものにしていく。

 

あれこれしたくても 選択すること

 

種銭を作る為に 時間をお金にかえる行為も 必要だが 自分のなけなしの時間を全部売りさばいてはいけない。

 

 

全部捨てたとか 何もないという人がいるけど

自分の体とその持ち時間以外は なくても全然OKだと思う。

そこから またはじめたらいいだけ こだわっているのは 自分の未練がましー心だけ

 

なにげに書いて全部自分のだめな部分ばかり書き出すrことになってしまった。

本人がそうでなければ こんなこと常識で書く意味ないから

 

100円ショップの自転車グッズ

わけありで自転車の修理が必要になることが重なった。

100円ショップに行くと 最近 妙なものまで安い。

空気いれというと 昔はおもちゃ それも使い物にならない 形だけのおもちゃしかなかったが 200円で 使えそうなものがある。

虫ゴムから タイヤのチューブ(300円)まで それなりにそろって 単品レベルならネットで買うよりも安い。

 

自転車パンク500円というサービスを何回かみかけたことがあるが  そりゃそーだ

やってみたら500円でも高いのがわかる。 

もしも 自転車専門でパンクを直していけば 一時間4台から5台ペースできそーだから

 素人でもできる パンク修理 今までなぜやらなかったか と思う。

やってみてはじめてきづく

 

そういうを見ると 世の中で採算があわなくなる仕事がこれからどんどん増えるんだなとつい感じてしまう。

 

消費者にとれば便利になるだろうが 仕事そのものが儲からない仕事が増えていく。

そのかわり 人手は不足するから 賃金があがるので 採算われする企業が増えるということなると思う。よくわからん。

 

ただ 最近 頻繁に聞く言葉  金をかけないと 儲からない 商売にならないというフレーズ

それと粗利が減っているという話

仮に100万の粗利 売り上げがあっても 今まで30万まででよかった経費が 40万 50万とあがってきている と

ものが余ったりなどで 消費者の目が肥えている結果ともいえる。

そんな感じで商売(小さな自営ね)は 以前よりも むずかしーくなってきていると思う。

経費をさげ数をさばくような時代なのかなともおもったり いろいろ