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プロセスの途中

とりあえず 懸命に雑談してます。

住む世界の相違

4月から 社会人になったり 地元をでたりして 数年たつと それまでの仲間や友達と話がかみあわなくなる。

共通の関係性だった 目の前の現実が 過去のものとなり 過去の回顧の話と現況の報告となり よほど その過去が結束させる出来事で無い限り 

なんだあいつは となってしまう。

 

幼稚園の頃 夢中になって遊んだ 中のいい 幼馴染は 突然引っ越した。

小学校3,4年になり、

根暗で 長髪の変なやつになっていた。

話しても 盛り上がらず それ以来 二度と会うことはない。

 

もはや中学高校の連中で連絡をとりあう人間はいないんだけど 

ふっとSNS系の同窓会などで 当時の仲間の一部が 集まっているのを見ると

大事な何かを捨ててしまっていたんだ と今更ながら気づく。

 

大事なのは 目の前の現実 生活と関係あるかどうかではなく 過去どういう経緯だとしても 同じ現実を共有した仲間や友達 知り合いを 違う世界の人だから 関係ないから と切り捨てるのは 自分の力が足りないから 自分の心がせまいから

なんの利益もないんだけど そういう共有した人を大事にして 断ち切らないこと

一応つながりを辛うじてもっておくことは 間違いではない。

 

それを断ち切ったり 別の世界と切り離すのは  そもそも 思いやりがないからだと思う。

 

残念ながら 人は 変わっていく。過去は 通過点にしか過ぎない。

しかし 今 この現在と何の関係がなくても 大事にしておくべきだと思う。

それが ほんとは 自分自身を大切にすることだと思える。

 

 

時代

日本の国会は 台本があり それに基づいて進行しているのよーだが どこで歯車が崩れたのか 建前主義 ことなかれ主義 が 崩れはじめているようにもみえる。

日本は日本でごたごた アメリカはトランプ 

その他の国含め 国が力を失ってきているのかなと思ったりする。

ネットが権力者により都合のいい秩序を崩壊させ かといって 真実が表になり 平和がやってくるような簡単なものではなく

これから混沌がおそらくやってくるのだろう。

だれも予想できない誰もわからないそんな世界さ

 

 

 

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変化

ちょっとした事で人生は変化する。

 

間違いなく変化させる方法は 住む地域、仕事、家族や仲間つきあう人 を かえることだけど

言い方をかえると 引越しができなければ 模様替えして 家の中の動線を変化させたり 観葉食物のような植木一つでも 買ってくるだけでもいい。

仕事はやめなくても 副業を儲からなくてもいいからやる。勉強の為 損しなければやるくらいでいいと思う。ただでも ありえる。

家族仲間を捨てるのは あまりに代価が大きいので 今までつきあうことがありえない人と 会ったり 話したりする。

法律を犯していないワルもつきあうのもありだけど

そーいうグーれーゾーンの住民とつきあうと その汚れはなかなかとれない。

正規品のような人間には戻りづらい。どこかでその匂いを残すからびみょー

 

くだらない人の会話にニーズがある。 だって 消費者はさまざまなんだから それを知ることは大事。

 

ちょっとした 言葉  ちょっとした画像で 人って変化する。

3.11で人生の考え方を変化させた人は多いと思うけど

そういう一生に一度のようなことでなくても ちょっとしたことで変化して 

下り坂もあれば 上り坂もあるし 異次元突入もあるし

 

生きて 外にでて なにがしか 活動していけば 

暗黒の世界の住人でも かわること かえることができるんじゃないかとさえ思う。

他人のことはよくわからないけど 

 

それにしても どうやって こんなところにたどり着いてしまったのか と思うことはしばしばある。

変化

ちょっとした事で人生は変化する。

 

間違いなく変化させる方法は 住む地域、仕事、家族や仲間つきあう人 を かえることだけど

言い方をかえると 引越しができなければ 模様替えして 家の中の動線を変化させたり 観葉食物のような植木一つでも 買ってくるだけでもいい。

仕事はやめなくても 副業を儲からなくてもいいからやる。勉強の為 損しなければやるくらいでいいと思う。ただでも ありえる。

家族仲間を捨てるのは あまりに代価が大きいので 今までつきあうことがありえない人と 会ったり 話したりする。

くだらない人の会話にニーズがある。 だって 消費者はさまざまなんだから それを知ることは大事。

 

ちょっとした 言葉  ちょっとした画像で 人って変化する。

3.11で人生の考え方を変化させた人は多いと思うけど

そういう一生に一度のようなことでなくても ちょっとしたことで変化して 

下り坂もあれば 上り坂もあるし 異次元突入もあるし

 

生きて 外にでて なにがしか 活動していけば 

暗黒の世界の住人でも かわること かえることができるんじゃないかとさえ思う。

他人のことはよくわからないけど 

 

それにしても どうやって こんなところにたどり着いてしまったのか と思うことはしばしばある。

確変

一年あれば状況って ぐるっと変化させることができる 3年もあれば全然違う現実に直面すると思う。

 世界観は確変は可能 潜伏確変の 伏線の中にいる。

 

似たような日々がだらだら続いているのであれば それは 自分のコンフォートゾーンにしがみついているから で そこをずらすか それとも 断ち切るか・・・

 

ちょうど 一年前 けっこう 追い詰められた状況だったにもかかわらず この時期の微妙な快適さから抜け出せずにいた。 暖房を少しいれるだけで ぬくぬくで 一番心地よい時期 暖房が足りないということはない。

 

強制的に 断ち切らざるえなくなり 人生は 大きく変化してしまった。

サラリーマンと違い フリーというのは ちょっとした出来事で 人生がごろっと変わる。

目的が明確でなければないほど 流されるだけになるので そこを気おつけなければいけないのだが 流れ流されっぱなし。

 

もう一度 書くが1年あれば 人生は 変える事ができる。

確変可能

(確率が変化した つまり確変 それまでとはうって変わったような活躍ぶりを見せる状態

潜伏確変 

(それが表示されない その状態になっているけれども目立った

 印がない)

突然確変

(だめそーでもいきなり確変)

 突然確変があるから どうせーおれなんかーなんて思えば 突然確変でさらにそれ が

  潜伏系でれば 気づけずに その確変が終わる。 けっこーあるよ 

 

などいろいろな伏線はあるし 勿論 自分で伏線そのものを描き 引くこともできるし

人生に想定はできない。想定しても ほぼ外れる。

 

ある程度 計画を立てることができてもリスケは当然 当然だからこそ確変があるのだが

(公務員とか会社員でもあまり変化のできない人はそうはいかないけど どこかで他人まかせになっている 自分で そこの仕事をしている限り大きな変化を導けないが・・・ そこにいるから知り合える人もいるから なんともいえないんだけど)

 

そういう意味では ギャンブル要素満載なのが フリーの人生

ジェットコースターのような人生は可能。

以前からフリーだけはアウトといっていたけど 

フリーでもいいのはこのあたり 

何が飛び出てくるかわからないスリルと道の恐怖(笑)

もしかして 自分がフリーでここまできたのはこのあたりかもしれないとさえ思う。

 

そろそろ4月で桜の時期だけど 1年あれば人生を容易に変化させることができる。

多少 わかりづらい業界でも3ヶ月いれば一応プロになれるし

まあ そんな感じかな

 

運命ってないと思うよ。

強い意思があれば 道は開けると思うのね。

そこに意思がある限り 道は開ける 道は既に開けている。

ただ これを信じて リスキーな人生をやってきたわけだけど

いまだに 崖からいつでもおちそーで落ちない人生ってどーよ

 

 

バカ

昔よく お前ばかか? と相手によくいっていた。

なぜ こんなことできないんだろう って 

 

最近でこそ 口にはしないし 思いもしなくなった。

やっと 大人になった。

 

 

人って経験の蓄積だと思うのね。

頭がいい人や要領がいい人や気が効く人がまれにいて 1回目からきちんとできたり 2度目から問題なかったりという人もちらほらいて

 

でも  数回やってもミスをする人がけっこういて・・・・

 

それから数年して 10年ぐらいして その一番バカのように見える 数回やってもミスする人の中で まじめな人が ちょー優秀になっていたりするわけなんだけど

 

これは 蓄積 積み重ねだと思うのね。

頭がいいわるい というよりも 蓄積の差

ただ 向き不向きは あるとは思う。本人がすきじゃなかったり 向いていないそのものだったり

 

 

だから のろま とか ばかのように見える。 結果しかだせなくても ただひたすらひたすら 行動 ミス 修正 学習 の繰り返しで 何度も何度も あきらめずに やり続けたら きっと 結果がでると思うし

 

そこで結果がでなくても その積み重ねは やがて 長い時間を経て 自分だけの積み重ねたものになると 思うんだよ。

 

キャリアがないと嘆いている人も 世の中には多くいると思うけど

失敗というキャリアかもしれないし 絶望の繰り返しというキャリアかもしれないけど

それはそれで とても尊くて 立派な キミだけにしかない キャリアだと思う。

 

ただひたすら積み重ねた先に これから何があるかわからないけど

その上で見る景色が どんな景色になるのか 日々楽しみにすればいいのかなと おもった。

昨日だめでも 今日頑張ればいいし 今日だめなら また明日頑張ればいい。

毎日が リーグ戦のように延々と続き どこかの舞台で 小さい舞台でもいいから 社

会に貢献できれば また自分が楽しめたらいいとは思う。

 

何をしても 一瞬のことであり 自己満足にすぎないのだから

焦らず 腐らず コツコツやればいいかなとは思うようになってきたんだ。

 

 

 

 

 

追憶

追憶(ついおく)とは  . 過ぎた時間に思いをはせること  らしい。

過ぎた過去に思いを馳せると記憶は更新され 新しい感情 思考の痕跡が追記されると思う。記憶は不確かで ああしとけばよかったなあ とか ああすれば どうなっていた とか 都合よく考えがちだが 時を経て 経験を積み 別人のように 思考が変化しているから 大人になったということだけど わかること 理解 判断できることがけっこうある。今だからわかること 今だから気づけること  

助言されても たぶん気づかなかっただろう。

言われた事を理解しても それを心底理解できないから 似たような行動になっていた。どの時点でも リカバリーは可能だった。

そして今でも 将来から見たら遅すぎるという思いが今あっても リカバリーが可能だったという状態なんだろうと 過去の経験から考えそう思える。

もう遅いよ 今更というのは たぶん肉体的な 外観的な 年齢制限とか そういう物理的な障害が無い限り関係ないと思う。

言い訳しているのは 自分のやりたくない弱い気持ちだけ

 

もう遅い 仕方ない やっても というのは こころが弱いということで

意思が弱いんだと 今なら思える。でもー といつも本を読みながら思ってはいたが。

 

当時は幼稚で判断基準もなく ただ おろおろ 目の前をクリアすることで精一杯

それは 何歳になっても新しいハードルや壁がでてくるからそうなるんだと思う。

自分が描いていた未来的な予想 想定は ことごとく外れる。

自分の行動は多少はなんとかなっても 第三者がからむと想定できない。

だから何が起きるかわからない。 

 

 

未来に 思いをはせると 不安と期待の入り混じった微妙な気持ちになるのは 新しいチャレンジをしていく限り同じ。

 

仕事は 人生の一部にしかすぎなかったのに主として 生きてきたけど 

その他にもっとチャレンジしたほうがいいんだろうな とここ最近よく思う。

60歳65歳70歳までまだまだ時間はある。だけれどもいつ病気で時間があと1年や半年もないということにもなりかねないとも思う。

そういうケースが何歳でも起こりえるものだとネットでわかるようになり 

少し計画を修正している昨今 

いざとなれば 病気でも 入院でも金しだいは事実 金で救われる命もある。

保険だけではまかなえないケースもあるし

その思考と 目の前の時間を金に変えていくことの慎重さが今あったりする。

 

 ちなみに60歳といっても 果たして遅すぎるかとも思ったりする、

知人でそれなりの能力はあるのだが 現役で仕事をやっている。

見かけも 多くの人が思う60ではない。

 

だから 年齢って指標なんだとも思う。

 

そうやって 今日一日中雨だったけどうだうだ考えながら 仕事していた。