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プロセスの途中

とりあえず 懸命に雑談してます。

積み重ね

 仕事は毎日の積み重ね 

のような事がとある営業所に書いてあった 創業者より らしかった。

その意味が漠然としすぎていて 当たり前でもあり 何当たり前の事を書いているのかとさえ思った。

それから何年たつだろうか 結構たつのだが 今となってその言葉の意味を知る。

何年も失ってからの事だから おればか

 

どんな美女美男も醜悪になっていき 器としての機能を無くしていく

物は朽ち果て 機能不全になる。

時間の重みというのはそういう事だともいえる。どのようなものも時間の重みには逆らえない。

 

そして時間をかけて積み重ねたものには 勝てない。

よって 積み重ねるものを間違えてはいけない。

地主や二代目三代目のようなものでさえ、一代ではよほどのタイミングで無い限り積み重ねして到達できない高みなのだから通常の方法では追いつくわけがない。 

ここを履き違えてしまった。個人がいくら優れようとも通常の方法では到達できないものがある。それは個人の人格にいたるまですべて

だから ただ努力するだけではだめだともいえる。 学歴社会の中でいかに努力しても到達できないところがある。極論 そのルートをとおる意味さえない目標もある。

 

 

何年たっても 誰でもできそうな仕事をすることをよしとしないのもこのあたりにある。誰でもできないようにするなり、仕事のやり方 仕事そのものなど変えるべきなのだが そこまで考えるに至らない人は思いのほか多い。それが×だとかだめとか否定はできない。それはそれ。しかしそういう他人のアドバイスは意味をもたない

積み重ねるものが 何十年たっても すぐ他人が真似できるレベルのものであれば?だ。

 

 

ここで AIとうか コンピューター、アンドロイド等の普及で何が起きるか

どうなるのか ということと絡めて考えると

 

ほとんどの仕事はショートカットされていく。

そして そのショートカットされる部分の仕事プライベートなどに時間を注いではいけないということにもなる。既にAIの時代は始まっており 想定の中である限り自分の進路は考え始めるべき。

 

 

その蓄積積み重ねが 無効化される。

価値があると思ったものが全く無くなる。

 

ガソリンスタンドで 誰よりも丁寧で優しく気持ちよく給油する能力を目指したような人をみかけたことがあるが その能力は 今となっては意味が薄まる。

勿論それは他の分野に生かせているかもしれないのだが・・・

それは 本人にしかわからない。

 

積み重ねが大事なのは 時間が有限であること そして時間がみなそれぞれ公平に与えられている事 その時代に どこで何を積み重ねるのかは 競争相手が極端に減ること。 そのあたり

 

 

 

 

修復

深夜0時に寝るようにしている ひしひしと感じる効果

修復されつつある。

1年かけて 思ったような効果があがらなかったがここ数日変化を感じる。

そもそも 肉が常温だと腐っていくように 人間も毎日腐りながら新陳代射

して生きながらえているようなものだと覚えているが

それが 夜の時間で修復され また翌日生きながらえる。

若い時は無理もきくが ダメージが無いわけではないとさえ思う。

修復が追いつかないと 病気になり下手すると不治の病にさえなるのだろう。

遅くまで仕事や遊びなどで活動することは よくよく考えると効率が非常に落ちる。

肉体をできるだけ使いすぎないようにもしているのは すぐ眠くなるから

たぶん想像以上にダメージを受けているのだろう。年齢もあるかもしれないが 若い時体を使い込んで その後デスクワークがはかどった記憶がない。 

その日が終わるのが辛くて 惜しくて 夜更かしするのは 本末転倒

仮に29歳と11ヶ月と29日がいくら20代とはいえ 既に大半が消費されているので そこにあるのは感情だけ 実態は もう30 

 流されていはいけない。

 

人の一生は気を抜くと本当に短く。

主観に支配される世界観は ぼーっとしていると あれ?もーおわりなの?という感じがする。

だからこそ この今に集中しなければならないと思うし、集中が途切れたい心地のよい代わり映えのしない生活は 変化をつくり変えていくべきなんだろうな と思う。

深夜0時

今まで 夜中2、3時までだらだら起きたり しまいには明け方5時くらいまで起きていたこともある。

当然うつろ

色々な意味で効率が落ちる。

気分的にはまったりとした時間が心地よいようにも思えるが 中身はない。

昔に 酒をやめていてよかったと 今更ながら思う

 

ここ数日 0時をすぎると寝るようにしはじめた。

今更遅すぎる習慣だけど これは後遺症の影響

 

後遺症にくるしはじめた昨年から起きている間常に悩ますそれは

この生活をはじめて緩和してきた。

ないわけではないがまし

睡眠時間はまだ 不確定だが 5時間から8時間

どの時間が最適か探るのに時間がかかるけど はじまりは深夜0時前だけは決まった。

後遺症という制限が結果的に  強制的 夜更かしを無くす原因となっているというのも・・・・

他人

この社会で生きていく為には 他人評価が基本大事

それは 生きていく為 表向きの姿

もしも だよ ごくごく小さい世界たる仕事の時間 以外 他人の評価を気にしなくていいとしたら 

他人の評価をまともに考える必要なんてないとさえ思う。

 

まだまだ 若いのに 暇をもてあましている人 何をしたらいいかわからない人

それなりの年なのに もうやりたいこともないとか 暇だとかいっている人

世の中の多くの人が正常だ。よく考えているという人ばかりという前提だと考えるから

他人の評価が気にもなったりする。

小学生や中学生に評価されて その程度の知能に評価されてしょんぼりするのだろうか。

 

コンプレックスから やっかみ 妬みでドロドロな人も多い。

特に男性 自分よりも 秀でた人 変えようのない顔が ぶさいくだからといってイケメンを理由に低評価しようとする人

わざと ミスするように仕向ける人 を 相手に まともな論争ができるか?

 

仕事 出世 派閥争い 町内会のささいな権力闘争で

 

自分の利益の為に他人を評価し けなす人こきおろす人など

正当な評価さえしてもらえない場合 当たり前のようにある。

 

できるだけ多くの他人に嫌われないように つつましく 謙遜して生きる事が どれほど大事だというのだろうか。

 

価値感は人により違い 環境が違えば価値観も違う メンタリティも違う

そして 時代は これから極端に変化するわけで

その中で 公約数的な評価を得る必然性は ごく一部の人を除いていらないのではないかとさえ思う。

未来を先取りしている人は 誰も正しく評価できないし 

 

 自分だけしか見えていない世界観を信じて突き進めばよいと思う。

そしてもしその現在と未来のライン際 が読める場合は 他人の意見に耳を傾ける必然性はさらさらない

 

ハードル

一番大事なのは 自分の時

そして日々の経験 

ハードルを越えようとする その前 その時 その後

仮にハードルを越えることができなくてもそれはそれだと思う。

状況 環境は 流れ去り 前提が崩れることにより ハードルを越えた意味は 記憶の中だけになることが多い。

ハードルを越えたから いや 越える事ができなかったから 今ここにいるのが事実だとしても その事実がそうでなかった としたら どうなっていたか というよりも

また別の道が開けている。

社会的にみれば ハードルを越える事は大事なことだと思うが

個々で見ると 越えても越えなくてもどちらでもいいとさえ思う。

 

価値観はさまざま 

ただね 夢を越えた人の多くはそこを一瞬のことだったという

自己満足らしい。多くの人が覚えていない過去の事実は ほぼ自己満足だと思う。

 

だからこそ 向かう今がほぼ全てで 越える事ができなかった時 落ち込むのではなく 環境 状況 前提がが変化して また次のハードルに備えてただ走り続けばいいのではないか と思う。

 

最近  あの記録はいまだに破られていない と 自慢げにいう人を久しぶりにきいた。 今となっては その事実は 風物詩程度の思い出にしかすぎなくなっていて

今の時代となっては ただの遠吠え程度にしか ならない。

 

 

テーマ

SNS時代において 今 書いているこの形式は 時代とは乖離するばかり、

書いている内容、方針が ずれてるのかな と思う。

 

読者と交流が多少でもあるというのが SNS時代ならでは 当たり前と思うのだが

反応が少なめというのが現実で それから目を背けず 真剣に考えたほうがいいなと

反応がなければロボットが見ているか ロボットと同じ

自己満足だけ 

 

どうも この書き方をしているよりも他のことをしたほうがいいかなと毎回思いながらずるずる書いていた。

時間効率低すぎるこのやり方は そろそろだなと思う。

 

 

資産家

資産家というと どこかの大企業の創業者社長 地主をイメージすると思われるが

一番の資産家はというと 将来のある子 若ければ若いほど おそらく資産家

金がある 土地がある 名声がる など これらを資産家というが

社会的な資産家と 本当の資産がある人とは違う。

老いた体になんの価値があるのかとはいわないが 残りの時間をどれだけ持っている可能性があるか これが 資産があるかどうかという基準であり価値観はさほど周知されていない。当たり前すぎて述べるまでもないからだろうが これは事実

 

人間は脆く いつ死ぬかわからない。

昨日があり 今日があり 明日があり 来月 年末 来年 10年 20年後 あると思う生き物だが

毎日毎日この一瞬の存在でしかない。

恒常性という機能で 体は維持しているが 加齢は進む。

体は変化し 脳も変化する。

金持ちになりたいから といって 自分の大事な資産である時間を割安で売ってはいけないということに気づいたのは最近のこと。遅すぎ。

なんとなく去年強く意識したが言葉にならなかった。

 

金や物 土地 他人の視線感情 その他もろもろに囚われるあまり 幻の国の住人となっていた。

 

かといって そんな非現実に見える価値観を主体におけば 現代では破綻しかなねないから どこでそのおりあいをつけるのかということで

 

前向きな仲間と楽しく 好きな仕事で日々すごす。こういうのが 自分の目指す方向ではないかと思ったりする。

 

一番大事なことを若くして認識している人もいる。

そういう人は 恵まれていると思う。金などの物質的な利益を最優先しない人だ。

 

しかしながら 失敗や 底ばかり見る事ができた人間が恵まれていないかといえば それだけのトレーニングができたことを誇らしく思えばいいと思う;。

 

 

 

過去を振り返え 検証し    これからだから ね。